2011/05/29
東京よりウラジオの方が近いんすけど
【おしらせ】
吉村慎司は2011年6月2日夜から、ロシア極東のウラジオストク市に滞在します。6カ月間の、いわゆる短期語学留学です。今の挨拶レベルのロシア語力を、買い物レベルに引き上げます。
目的はもちろん言葉だけでなく、極東の生活を知ること。現地の人と知り合うこと。
ロシアに留学する人の大半はモスクワやサンクトペテルブルク、つまりヨーロッパ寄りのロシアで見識を深めるのですが、さまざまな理由で、僕は一度旅行したこともある極東の港町を選びました。
「さまざま」の中身は、今後少しずつ説明したいと思ってます。
上の地図を見てください。
「ウラジオストク留学か、いいねえ。ところでそれどこ?」と何人もの方から聞かれるので、お示しします。近いのです。
今この文章を書いている札幌から、ウラジオストクまで直線距離で約750キロ。東京より100キロも近いです。ざっくり言えば、札幌と富山とウラジオを線で結ぶと正三角形っぽくなります。
僕が育った鳥取から見ると、青森と大体同じ距離ですね。
朝鮮半島も中国もすぐそこ。めっさ日本海地域です。
ちなみに東京からウラジオを見れば、長崎の五島列島や北海道の知床半島とほぼ同距離です。北京や上海、台北までの、ほぼ半分。
ロシア極東は「忘れられたアジア」なのです。
留学先は「ウラジオストク国立経済サービス大学」という、日本のロシア屋さんたちにもあまり知られていない大学にしました。定番の「極東連邦総合大学」ではありません。
ウラジオ滞在中は当ブログを休止し、かの国で超メジャーなブログサービス「Livejournal」で雑文を書きます。現地の写真をたくさん載せ、いままでよりロシア語記事を増やすつもりです。
ロシア語については、一般の方にとっては意味不明なキリル文字で、読める方にとっては語学レベルの低さでどっちみち苛立たせること請け合いですが、ここは厚顔無恥をやらせてください。
経済情報っぽい内容は、第2次実験を始める日本語Webメディア「日露ビジネスジャーナル」に随時書きます。ご注目ください。
Всем здравствуйте.
Второго июня я поеду во Владивосток. и буду учиться русскому языку 6 месяцев в ВГУЭС. (Владивостокский государственный университет экономики и сервиса)
В России, я буду писать блог в "Livejournal". спасибо.
2011/05/25
今日で日露ビ第1次実験終わりにつき
ああ、前回から日にちがずいぶん空いちゃったよ。
個人運営で2月25日に始めたネット媒体「日露ビジネスジャーナル」は、今日、5月25日でひとまず3カ月の実験を終わります。いま、最後の原稿を準備しているところ。
そして10日後には、単身ウラジオストクにいる予定です。帰ってくるのは12月初旬、のはず。
「日露ビ」を通してめっっさ多くのことを経験させてもらい、記者としても運営者としてもいくつかのテーマで書きたくてしょうがないのだけど、今はその作業に時間を割くことは許されないわけで、じゃあいま何を言おうとしているのかというとこれ。
「5月30日(月)夜に札幌駅付近で飲み会やるから、ロシアビジネスに興味ある札幌圏の人、誰でも参加してください!」
はい、宣伝なのです今回の投稿は。
僕としては、「日露ビ」について少しでも多くの人から、生の感想、ご意見・ご批判を賜りたいと思っております。また、これをある種の交流の場にして、まあユルーい感じで名刺交換しましょうよ皆さん、という趣旨もあります。
以下、日露ビ本サイトからの抜粋。
■5月30日(月)に、札幌で弊ジャーナルのオフ会をやります。
30日18時半メド、JR札幌駅付近。店は直前に決めます。
参加希望の方は27日(金)正午までに、氏名(実名)と、あれば所属、それからメアドなどの連絡先を明記した上で、
・mado.guchi@nrbj.info までEメール ※「@」を半角に直して
・Twitterの @nichiro_bj にダイレクトメール
・Facebookで「吉村慎司」にメッセージ
のいずれかの方法でお知らせください。
予感では、店は安めの居酒屋になるのではないかと。会費は3000円前後かな?と。詳細は遅くとも28日(土)のうちに、お知らせいただいたメアドまたは連絡先にお送りします。
ほんとにどなたでも歓迎ですから、気軽にご連絡くださいませ。
2011/05/02
[北陸その4](おまけ)富山の朝
北陸取材最終日の朝は、富山市中心部のビジネスホテルだった。
前日までに各地で興味深い話を聞けた。この日の午前中に富山市内で最後のアポが入っており、昼すぎに空路北海道に帰るスケジュールだ。よし、最後ビシッと気合い入れて行くぞ、押忍、的な気分であった。
朝食を食べ終え、出かける準備で、インナーの白いシャツを着ようとしたのである。
僕はワイシャツを着るときは大抵、どこでも売ってるヘインズの白Tシャツを内側に着ている。ごちゃごちゃになった旅行トランクから白シャツを引っ張り出して、パッと広げたらなぜか手からシャツがすり抜けてしまった。
もう一度パンッと張ったら、布の幅が30センチ弱しかない。
手にしていたのは2歳の息子の肌着だった。胸の部分で、2センチ大のヒツジさんの絵が微笑んでいた。
何日か前に洗濯物を畳んだときに紛れ込んでいたのを、よく確認せずにトランクに詰めてしまったらしい。白シャツはちょうど日数分だけ持ってきたはずなので余分はない。
仕方なく、前日に着ていたものに再び腕を通したのであった。
取材先には内緒である。
[北陸その3]キャッスルイン金沢の若き取締役は男前である。女性だけど。
前々回の記事「山下家512号室」の投稿直後、「山下家 号室」という妙な検索ワードでの閲読があった。山下家か、大江戸温泉物語の関係者によるものと推測している。
企業の広報担当者やマーケティング担当者にとって、SNSやブログで自社についてどんな書き込みがなされているか調べるのは普通の仕事だ。山下家、仕事してるじゃないか。肝心なところ以外で。
前置きが長くなったが北陸紀行第3回はキャッスルイン金沢という、JR金沢駅すぐ近くのホテルの話。北陸で引っ張りすぎという声もあるので今回で終わり。
藤橋由希子さんという。僕よりずっと若いが、キャッスルイン金沢の取締役である。いわゆるオーナー一家の人だ。
このホテルは東日本大震災発生の6日後、1室1泊2500円という採算度外視価格で被災者受け入れを発表した施設だ。どこからの要請も補助もなく、周囲の同業も誰一人そんなことをしていない中で、受け入れを言い出したのが藤橋さんである。
震災直後、テレビで避難所の様子を見て涙が止まらなかったという。ろくな食事もなく風呂にも入れないまま寒い体育館で過ごす被災者。自分たちに何かできるかを考えた結果だった。慣れないニュースリリースを自ら書き、報道経験者の知り合いに添削してもらって3月17日に受け入れを発表した。直後から取材が殺到し、自らテレビカメラの前にも立った。
地元メディアが中心だったが、取り組みを知った人が東北に連絡するなどして、被災した家族連れなどが次々訪れる。また、メディアを見た地元住民から物資寄付などの申し出が矢継ぎ早に舞い込んだ。ホテルには連日、衣類や生活雑貨が届いた。
役所の罹災証明書がなくても、何か住所を証明できるものがあればOKとした。「被災者でない人が偽って泊まりに来るかもしれない」という意見もあったが、「着の身着のまま逃げてきた人に書類入手の手続きを求めていては受け入れに時間がかかりすぎる」と押し切った。
その頃の様子は、藤橋さんが書いている以下のブログに詳しい。
キャッスルイン金沢・被災者受け入れに関するブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/castleinn/diary/201103170000/
ホテルの公式サイト
http://www.castle-inn.co.jp/index.html
サイトでは「ゆっきぃ」という可愛らしいニックネームで登場する。しかし、本人はもうちょっとエネルギー溢れる雰囲気である。
藤橋さんは生まれも育ちも金沢とのこと。ホテル業は決して楽ではないと思うが、地方の若い経営者というだけで期待をしたくなるのであった。
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